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子供時代の下品の刷り込みについて。変態母、娘のパンツについて語る。

完全にアウト。

見る人から見たら完全にアウト。

3アウト後もしつこく連投する投手。

アウトだとわかっていても書く。

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娘がかわいい。

娘がかわいい。

私は娘のパンツが好きだ。

外出先でいつ漏らされるかわからない恐怖のトイレトレーニング後に手に入れた、布のパンツ。

母にとっては勲章のようなものなんである。

ふわっとしててやわらかくて。あれは幸せのパンツだ。

私はその娘のパンツのことを「ガールパン」と呼んでいる。

あの売り場は幸せの売り場だ。

おむつが取れなかった時には、複雑な思いで横目で通り過ぎた。

いつかうちの娘もあれを穿ける時が来るのだろうか、そんな思いがあった。

いつか大きくなっておむつが必要なくなったら、娘の好きなパンツを選んでやりたい。

そう思っていた。

トイレトレのモチベーションを上げるために、初めて買ったガールパンのサイズは90。

小さな小さなパンツだ。

当時2歳の娘が赤ちゃん本舗で選んだのは、ピンクとオレンジ系のハートの模様のガールパンであった。

懐かしい思い出。

今の私にとってはキラキラした思い出。

洗濯物をたたむお手伝いをお願いする時、ガールパンのたたみ方があって、私はそれを「パンツ玉」と呼んでいるので、娘には「パンツ玉作って!」とお願いしている。

それが我が家の日常。

ガールパンは私にとって、ノスタルジックな思い出に浸れるアイテムだ。

娘だけじゃなくて、自分の子供時代も思い出すんだ。

私の母は下品なことが嫌いな人間であった。

どっちかといったら「堅い」人間性であったので、母が下品だと思ったことは一切口に出せない雰囲気だった。

the日本的というか、愛情表現もドライなタイプだったので、パンツのことや男女の仲なんかはもっての外だった。

テレビにキスシーンなんて出てくれば、そのもの自体がなかったような雰囲気。

ひょうきん族やドラマなんて下品極まりない!の独断で、バッサリ切られて観ることはできなかった。

結構そういう家庭が日本にはある(あった)のではないかな?と思うけど、どうだろう。

下品とは、母が思う下品であって、それに従って私は子供時代を過ごした。

パンツの話に戻ると、パンツのデザインなんて私には選ぶ権利もなかったし、別に私にはこだわりもなんにもなかった。

母が敷いたレールの上を素直に疑問も持たずに刷り込まれて、それが私にとって普通だった。

パンツって言葉を母の前で言うことすら、ためらうような気持ちにさせられた。いつの間にかそうなっていた。

そんななのに、私はいい歳になってどうしてこうなった?

もちろん人前での下品な話は刷り込みの効果かどっちかというと苦手だ。

そういうのを話す人にはなんとも思わないし、笑ったり反応もできるけど、自分から好んで話すタイプではない。そういった意味では堅いところを引き継いだはずだと思う。

けど、私のこの娘のパンツへの愛着たるや、既に娘の間では評判で、いつも「変態」だと思われている。

そのことについて、うんうんうんうん!!!!って思っている。

子供の頃、母と友達の家に行った時のことが忘れられない。

その家庭も2人姉妹の子供がいて、でも家とだいぶ違っていたのは母親のパンツに対してのオープンさだ。

何の会話だったか、かわいいパンツを親子で選びに行くということを言っていた。かわいいいいい!って言いながら一緒に選ぶ、と。

その時の母の気持ちは私にうっすら伝わっていた。母が苦手な話だ。

母のそれに対する反応は薄かった。そうなの、うちはそういうのないわ、みたいな感じだったと思う。

それに対するお友達の母の反応は、え?そうなの?みたいな感じだった。

今ならわかるのだけど、母にも自分の女性性については受け入れがたい何かがあって、純粋な少女のような気持ちがあったまま大人になったのだと。

私はあの時、お母さんとパンツのことでデザインなんかを語って一緒に選ぶ家庭があることに、衝撃を受けたのは間違いない。

今でもその時の景色というか空気を、すごく憶えているから。

そういう理由もあってか、私にとってガールパン売り場は天国のようなものだ。

いつか娘のパンツをたくさん集めてあの優しいふわふわに埋まって昼寝をするのが夢だと言ったら、すごい顔つきで睨まれた

当たり前だ。

完全にアウト。変態母。認める。

これも悪い刷り込みになるのか。

誤解ないように書いておくけど、私のこの執着は娘に関してのみ有効なものだ。

これが全世界向けだったなら、本物のただの変態になってしまう。というか、既に娘にとってはちょっとこの人おかしいよと思われている。

でもパンツのこともオープンに話せる家庭ではあると思う。

そういうものも一緒に選んだりできる母娘ではあると思う。

ちょっと言いにくいような悩みがあっても、私に話せるような家庭になれるかな。

気まずかったら気まずかったで、苦い顔をしてアイコンタクトできるような家庭でありたいな。

そのこと自体をなかったことにしてしまわないような、そんな人間同士でありたいよ。

だから私は娘のパンツが好きなことを隠さないよ。

私が穿けなかったかわいいパンツをたくさん穿いてくれ。自分の好みについて否定するなよ。

今どんな理由でそれが好きで、何を重視して選んでいるのか自分で意識できる人間であれよ。

たかがパンツ、されどパンツ。

それはいつだって私たちを、娘を守っている。

なーんて、かっこいいこと書いてみたけどただの変態。

完全にアウト。

私はアウトが続いても空気を読まず投げ続ける。諦めない。

だってただひたすらかわいいから。娘のお尻とパンツが。

これが愛ってやつだと思う。

(いや、ただの変態だろ?)



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