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「気」と霊は違うものです。霊とピントをあわせすぎないようにしてください。霊感のある子を持つお母さんがいたら参考になるかも。

昨日書いたことに、誤解があると大変なので、頭がおかしいと思われるかもしれないが、書きます。

「気」を心で感じ、見るのはとても大切なんだけど、それと「霊」は違うものです。

間違って、「霊」の方に視点のポイントを置いてしまうと、そちら側に取り込まれます。

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霊は本当にいるのか?と思われるかもしれませんが、私はいると答えます。

もっと言えば、火の玉もあるし、UFOも実際見たことがあります。この2つはそれぞれ一度のみでしたが、私は二十歳までにそういった経験を多くしてきました。

霊に関しては、なぜあると言えるのかというと、私の霊感が一番発達?していたのは中学生の頃で、その頃不思議なことが毎日のようにたくさんありました。

つかまれたり、叩かれたり、呼ばれたり、等のいたずらです。ひどい時は体が思うように動かなくなったり。

見える感じる、自分だけがおかしいのかと思われても仕方ない状況でした。自分でも現実なのかなんなのか、良くわからなくなりそうだった。

まだ若いから、皆興味があるので、私の経験を聞かせてと、部活前に友達が輪になり集まったり。

で、私もそれならと話し始めると、クライマックスみたいなところで、いきなり体育館全体の電気が落ちて真っ暗になり、皆悲鳴を上げ、もう話さないで!となったり。

恥ずかしながら霊感女というあだ名が当時ありました。

一番、これは自分の幻覚じゃないと実感できたのは、部活の後、文化系の友達と語り合い、すっかり遅くなった時のこと。

校舎の電気が消え、真っ暗になったので、帰ろうとしてその友達と廊下を歩いていた時です。

ふっと気配を感じ、後ろを振り向くと、白い男の子が廊下の向こうから、こちらに向かってくるところでした。年齢は多分同じくらい。

私はあまりにはっきり見えたので、瞬間的に声をあげ体が走っていた。隣を見ると、その子も一緒に叫んで逃げていました。

逃げながら、友達に見えたものを確認すると、同じ霊を見ていたのがわかった。

自分以外の人と同じ霊を見たことで、やっぱり私がいつも見たり感じているのは霊で、勘違いや自分がつくった幻覚ではないのだと実感できた。

その友達には霊感はなかったのです。多分、私と一緒にいたからだと思う。

私はばあちゃんにも相談し、霊にピントが合わないように意識していき、霊障はほぼおさまったが、大人になってもやはり感じる時はある。

仕事していた頃、いるのは誰にも言わなかったのだけど、その日はあんまりがさがさするから、思わず前の机にいた同僚に、今日はいつもよりここにいる霊がうるさいと笑いながら言ったら、その同僚は「霊なんか気のせいだ、いるわけがない」って、私にイラッとしながらピシャリと言ってきたのよ。

そりゃそう言うよなと、納得していたら、その言葉のすぐ後に、その霊がまた激しく動いたのだけど、同僚にもわかったみたいで「、、あれ?今なんかいたよね」って、なったり。

私が意識してその人にわかるようにってちっとも思っていないのに、影響したりすることが過去あった。

中学生の男の子の霊の話に戻るが、その友達も多分それだったんだと思う。

その話をその友達から聞き付けた別の友達が、用務員さんに聞きにいったらしく、その結果を私に話にきた。

用務員さんもその男の子の霊をいつも見ているらしかった。
ひとりで校庭で遊んだりしているらしい。

私が廊下で感じたのも、「寂しさ」だった。

聞けば、ずっとずっと昔、(学校関係の?)旅行中の事故で亡くなったとのこと。

ばあちゃんにその話をしたら、学校に何か碑があるはずだから、そこに小さなお菓子でいいからあげて、手をあわせるといいと言われて、探してみたら、もう木に囲まれてあまり見えないのだけど、碑があったので、そこに内緒で持っていったお菓子を置き、祈った。

彼が残したこの世の未練が、いつかとかれるのを祈った。

霊には霊の世界がある。生きている人間は生きている世界でいいのだ。

まだ軸のないものが、半端な好奇心のみで首を突っ込むのは危険だ。霊側の方にいつもピントがあっていると、現実世界で生きられなくなる

霊感が強い子というのは、私がそうだったように、いるのだと思う。母親には霊感がなくても関係なく。

恐がる必要はない。ただ、霊側に取り込まれるのを防ぐには、結局「軸」がやっぱり大事だし、霊というものを全て「神聖なもの」と勘違いしちゃいけない

結局ね、あちらも人間と同じなの。色々な霊がいる。皆、素晴らしいものでもない。

私は詳しくないけど、ヒロトさんが歌う、「いいやつばかりじゃないけど、わるいやつばかりでもない」
それなの。

人間も同じ。だから、あんまり期待しない方がいい。生きている人間は、その霊に何もしてやれない。

軸のないものが何かを勘違いして、かわいそうに、私がなんとかする、なんて、あちら側にいつもピントを合わせていると、本当の自分から離れてしまうよ。

存在はあるけど、あちらはあちら、こちらはこちらだと、ちゃんとわからないといけない。

そういう子がいたら、できるアドバイスとしては、霊に何かを訴えられることがあっても「私には何もできません。お帰りください」と祈るようにということ。何かがあれば、それを繰り返してください。

現実社会と同じで、悪い霊はたくさんいます。「気」を見ることと、霊を見ることは違うものです。

どうかわかる方だけでも、間違えないようにしてください。



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