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ひとりごと 自分の謎を解くこと

なんだか良くわからない記事の時は、頭に何かわいているんだなと思ってください。

いたって正気なんだけど、私は昔から芸をしていた頃から、そうだった。

朝5時に突然目覚め、頭に鳴る音を歌って多重録音したり(当時はカセットの時代よ!その後はMD!)していた。

私は周りの大人に言葉(詩)が強いことをほめられていたけど、とにかく閃いたら書いていた。

それをやめてから、ずっとやっていなかった。理由は必要なくなったから。

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いくら新しい曲を絞り出しても無理やりな感じがあったし、関わる時間が長いと私の意志より支援者の意志が大事になることが多くて、それに応える創作は私のやりたいことでないと思って、その内に衝動がなくなったから。(アーティストにそういう苦悩はつきものかもしれないね)

結婚したら、終わったのね。嘘ついて書くわけにはいかなかった。私は自分から自然に出ないのに、無理やり続けたいとも思っていなかった。

職業にできなかったのは当たり前。職業にすると責任もあるわけで、売れないと次に繋がらないので。

私は私が閃いたことだけをやりたくて、人の指示には従いたくない人で、すなわちとても我が儘で頑固者だから。扱いにくくて当然だ。

それは本当にやりたかったことだから、そこまで頑固なのであって、雇われで働く時は自分が生きるお金のためですから、調和を大切にするタイプで、拘り等なく柔軟に対応してきた。(つもり)

芸の方は、私は私の感覚で日本語で歌うことに拘りがあり、過去の作品で英語を織り混ぜることは決してしなかった。

でも昨年は押しが強くあり、迷いながらも完全に断ることができずにやらなければならなくなって、歌っている内に少しわいてきて、自然に2つ、新たにできたけど、初めて英語を使ったのができたんだ。
頭が柔軟になったのかもね。

でもたった一言、「チャンス」とね。

それで、昔から暗喩隠喩が好きで、訳のわからない詩を書くことが多いのだけど、自分でも良くわからない時がある。

書いている時の自分の脳と、ここにいる自分は同じなのに、自分でも良くわからなくなる感覚。
その感覚は若い頃から今も変わらないなと。

意識しているようで、無意識みたいな境地でやっていて、後から自分でも、これは私が書いたり作ったのか?描いたのか?と思ったりする。

その無意識が、後からその通りになったりしているのを知って驚く。
連動というかな。

今後のことはわからないけど、今は、書くことでわかる人にはわかってもらえる必要な表現のひとつなんだろうと思っている。



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