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その間違った悟りへの警告

自分は悟っているのだと人を馬鹿にする、それが、本物の悟りだと思うな。

私はそういうのが一番嫌いだ。

上には媚びへつらい、自分より下だと思い込んだ人へ唾を吐く。

どうしたらそれで悟りだと思うのか。

逆だよ。

なんでそれがわからない。

あまりに酷くて怒りばかりだ。そんな悟りはなんの役にもたたない。

自分の高慢さを狭いミラーハウスの中で、互いに罵り合い、その向かい合う者が自分にそっくりだと何故気がつかない。

そのミラーハウスはマジックミラーで、私は外からそれを見ている。

実に下らない悟りだな。

その場に拘る限り、ずっと出られない。

出てきて、いつか私の前に立った時、私は心を見透かすぞ。

どんなに隠しても見えるぞ。覚悟してその言葉をつかえ。

優しさ、素直さ、謙虚さを忘れたら最後。

その上に、攻撃等してくるのなら、もう「無」になればいい。私はそうする。現実でもそうしている。

ここで昔、私に攻撃し、皆を傷つけ、説得されても無意味だった者の最期がどうだったかというと、私はその者の意識を削除し続けた。ここで存在できなくした。その者は「無」になった。

どんなに教えても、わかろうとせず攻撃してくるのなら、最後は線を引き、諦める。時間と労力の無駄だと知ったから。

話ができる人には話す、それは諦めない。

優しい人よ、どんなに頑張っても駄目だとわかったなら、あなたを傷つけてくるのなら、その存在はもう無視しなさい。

失礼を浴び続ける必要はないです。手を差しのべても傷しかつけてこない人のために、あなたが傷つく必要はないです。

あなたは優しいからなんとか努力しようとするでしょう。でも、仕方のない時もあります。
対峙するのを諦める時、大丈夫、その気持ちを私は知っています。

自分の欲による無視とは違います。

悟ったと思う前に、自分の他人へしている行動を振り返りなさい。価値観の上下が間違っていることを知りなさい。そんな者の希望する、またはくだす審判など実にくだらないです。



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