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子育てで考えたい「見逃す愛」「寄り添う愛」

ちょっと急いで書いたので、後で直します。※最後に追記しました。※※更に誤解なきよう追記しました。

昨日から頭をチラついていたことを書きます。
自戒を込めて書きます。

娘も小2になり、思うことは、もうだんだん猫で言う母猫のシャー!の時期が少しずつ入ってくるということです。

でもその子猫が寄ってきて母猫がシャーっとやるというのは、愛情でもあるのですよね。

もうひとりでやりなさいよできるはずよって、独り立ちできるように。

でもそのシャーという突き放しって結構難しいよね。タイミングとかさ、どれだけ信じるかっていうのとか、もしかしたら今はヘルプを受けるべきなのではないかというような、判断の難しさ。

その判断が親の自分にあるという、責任の重さ。

好きにやればとか、のびのびさせればいいというのは、結局その子を信じるっていう気持ちにかかってくるというか。

その信じるっていうのは、それまでの共に過ごした経験とか、行動とかを観察して教えてきたという経過があるからっていうことでもある。

それを全く見もしないで、手放しで大丈夫というのはかなり厳しかったりする。

必要な時に、必要な教えを与えられるっていうのはとても贅沢なんだとも思う。

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子育てで考えたい「見逃す愛」「寄り添う愛」

人間ていうのは歯止めがきかなくなると、どんどん遠くまで走っていってしまうものだ。その方向というのが、どういう方向か、ちゃんと見守っていかないといけない。

走り出すことは悪いことではなく、それはシャーが成功したということでもある。

でも私たちはちゃんと、見守っていくだろう。片っ端から助言するのは、愛のようでいて、狭めていたりするのだから。ここはとても難しいのだ。

何も言わないで、わかっていても今は人生勉強中だと思えば、黙って見守ることも、大きな愛だと思うのだ。

だいたい、母っていうのは、女性っていうのはこう書いたら男性もなんだけど、結構第六感が働くじゃないか?よくベタな小説?かなんかで、女性が自分のパートナーのちょっとした香りや服についた何かや持ち物や言葉から、あれ!?っと察することなんて、しょっちゅうじゃないか?

前髪を1センチ切った、そういうのもちゃんと気がついたり、今日元気がなんとなくないなとか、声がいつもと違うなとか、そういうのもなんとなく「察する」生き物なんだと思う。

それで考えたら、日本人ていうのは「察する」という能力は結構ずば抜けているのではないかと、海外にもさして行ったことのないのに思ってしまうことがある。

私はそういう日本人の優しさって好きなんだよ。もちろん、はっきり言わなくてはならない時っていうのは必ずあるし、それは子育てでもそうだと思う。全部が全部曖昧に、まあいいんじゃないってやってたら、世の中めちゃくちゃになってしまうと思うから。

子育てこそ、そういう、はっきり言うべき時を逃しちゃいけないっていうのはあると思う。でもいつもはっきり言ってしまうのは違うというか、、それが私の考える、「見逃す愛」ってあるよなあってこと。

だいたい察しているし、そういう能力はあるんだよ。だからこその、見逃しなんだよ。

わかっていても見逃してやる。問い詰めない。それって結構な愛なんだよなって思うわけ。

思えば母は、結構、いやかなりだな、私を見逃してくれていた。多分わかっていたと思うけど、全然問い詰めなかった。追い込まなかった。

それってすごいことなんだって、すごい愛だったんだなって、8歳になった娘を前にして今更思うんだよ。

見逃してもらっていたから、私は私でいられたんだって思う。

私もその見逃す愛を見習いたいなと、特に手が離れてきた(まだまだ手はかかるんだけど)今は思う。

だって私、鬼婆みたいについちくちく怒って角でつついてしまうから。もうほとんど頭突きだから、そうすると娘もいつも監視されていると思ったら、家の中でも相当息苦しいよねと思って。

安全基地のはずの家が、頭突きされる痛い場所だと、子だって辛いもの。シャーってやりながら、知ってても知らないよ、わからないよ、見てないよ、みたいな突き放しってより、大きく包み込んでしまうような見逃し愛も時には必要だなって。

その時を間違えないように、まあいっかって思えることは、流していく。こう、向かい合いすぎないっていうかね、ちょっと斜めに視界に入らないように座るか、やっぱり隣に座るって感じだよね。いきなり突き放さずに少しずつ、ね。

そういうのを大切にしていこうと思いました。

もちろんちゃんと叱るべき時は叱りますし、こちらの都合無視で我ばっかり通すのは違います。違うと思います。

だから私もやっぱり鬼婆頭突きコースに入ることもあるんだけども、うまくその辺をきりかえて、娘を信頼し、私の人生でなく娘の人生が歩けるようになっていってほしいなと思ったのです。

それが目標だから、だからこそ、見逃す愛も必要なんだね。

そして、SOSは絶対見逃さないように、どんな苦しみも悲しみも喜びも、命あればこそなので。その時は「寄り添う愛」だね。

寄り添う愛と見逃す愛。

母も子も楽しくて大変な夏休み明けの新学期だからこそ、なるべく落ち着いて深呼吸してゆっくりな気持ちでいこうか。

そうしよう。

母も子も父も夏休み、お疲れ様でした。

※なんだか読み返したら、良くわかるようなわからないようななんだけど、まあいっかと自分で自分を見逃しました。きたー!こうでなくちゃね。一番難しいのが自分だね。(結局これが一番大切!)

※※そうだ!自分を見逃すのは真面目であればあるほど、他人にも自分にも厳しければ厳しいほど大切だと思うのだけど、まあいっかしてはいけないことはやっぱりあると思う。
人を自己都合で騙したり殺したのに自らを見逃すとか、そういうのはやっぱりあり得ないから、見逃しの愛に甘えて過ぎてはいけないんだ。甘えも暴走すると大変だから。どこまでも行けてしまうから。欲深いのよ、人間て。
さじ加減だよね、大事なのは。そのさじ加減は個性でもあるのだけどね。あー、終わらなくなりそうだから終わります。



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4 Responses to “子育てで考えたい「見逃す愛」「寄り添う愛」”

  1. コピママ より:

    ご無沙汰しています!
    今日からようやく二学期が始まりました。
    キュツ母さんもお疲れ様でした。
    あれだけ構ってちゃんだった息子も小1になり、
    以前に比べれば格段に聞き分けがよくなったので、意外と(!?)快適な夏休みでした。
    とはいえ、終わればやはりほっとしますね(^^;)

    ところで今回の内容は、まさに 今の私の課題です。
    もともとの性格が心配性で、息子が嫌なことや危ない目に遭わないように、
    ついつい口うるさくしてしまってるなぁと思っていたところです。
    そしてそれははたして息子にとっていいことなのかなぁ?と…。

    一学期終わりかけにも、なぜか急に学校から持ち帰るものの忘れ物が多発したことがあり、
    心配で担任に相談したことがありました。
    担任にはお子さんは全体的に見るとしっかりしてる方、信頼してあげてください、と言われました。

    信頼…しているようで、してないんですね。
    しっかりしている方だと思っているけど、万が一…と思ってしまうので、
    いまだに帰り道一人で遠い道を帰ってくると思うだけで、ヒヤヒヤしてしまいます。
    もう完全に私の気持ちの問題ですよね。

    なかなかいっぺんに性格は変えられないので、少しずつだけ目を瞑る努力を意識的にしていけたら、と思っているところです。
    それについて良さそうな本も見つけて買ってみたので、隙間時間で読んでみようと思っています。

    キュツ母さんも、きっと他のお母さんたちも、試行錯誤で色々考えながら進んでいくんだろうなぁと思うと心強いです。
    一緒に頑張りましょう!

    • キュツ母 より:

      >コピママさん
      返信が遅くなりまして誠に申し訳ございませんでした。
      私も今日あたりからやっと通常モードです。学期初めはバタバタありで意外と忙しいですよね。
      それはそうと、私もわかるわかると思いながら読ませていただきました。

      >信頼…しているようで、してないんですね。
      しっかりしている方だと思っているけど、万が一…と思ってしまうので、
      いまだに帰り道一人で遠い道を帰ってくると思うだけで、ヒヤヒヤしてしまいます。

      そうなんですよね!万が一、それですよ!母は心配してなんぼだと思います。それでこそ母(父も)であるとも思ったりします。
      でもいつかは手をはなす時が来る、具体的に今すぐではないけど、その時が来るまでに少しずつ自分の意識を変化させていく、そのことに慣れていく、そういう期間が必要なんだなあと、自分も今親として勉強しているところです。その心配は個性を知っているのと、コピママさんが先読みできるからこそなんですよね、それはひとつの能力でもありますよね。それだけ想ってもらえているのは愛です。息子さんもその気持ちわかっているはずです、その上でそんなしっかりしているとのお言葉いただけたというのは、とてもいい感じだなあと思います。おっしゃる通り、母の気持ちってそんなにすぐ割り切れないですよね。私も今はたまのシャーの練習として自戒を込めて書いてみました。
      本を買ってみたとか、本当に真面目で勉強熱心ですごいです。不安なこともあるけれど、一緒に頑張っていきましょうね!
      コメントありがとうございます!

  2. ミミ より:

    ほんとに、どこまでやらせてやるか、どこからは親が付き添うべきか、なや…んだこともありました!けどうちはだいぶやらせてるかも(;´д`)私が危ない!と思っても、本人はやるまで引き下がらないし…。外遊びにしても、お手伝いにしても、です。ほんとに危ないことさえけっこうやらせてしまったので、それは周りの親が見たときに引くと思います。でも多少の怪我は、痛みでの学習だったはずだと私は思ってます…私に都合よすぎ?(笑)あ、でも最近、お姉ちゃんがお使いごっこにハマってて、本人に買い物に必要な分の小銭を持たせて私が5メートル離れたところでお会計を見守るというものなんですが、おとついはその5メートルの間に工事現場が挟まってたことがあり、「いつトラックが出てくるかわかんないから、今回の外側のレジはママも一緒に行く」と言ったのに聞いてくれなくてけっこう困りました。トラックが出ないタイミングを一緒に見て、娘が一人で行きました…。帰りも娘自身もトラックが来ないかチラ見して、私側からもチラ見して娘が一人で私側に来たけど…ほんとは嫌ですね。ほんとに子供と外を歩くって嫌ですね。あ、話が逸れました。夏休みは終わったとはいえ気が抜け切れない毎日…これからもお互い頑張りましょう_| ̄|○ il||li

    • キュツ母 より:

      >ミミさん
      おおおおお遅くなってすみませんでした!!!
      学期初めって忙しいですよね。本当に夏からお疲れ様でした。
      娘さんは自立心が旺盛ですね。とても頼もしいではないですか!確かに危険かも?な時はかなりヒヤヒヤしますね。
      ミミさんが安全を気にしてくれて自分をちゃんと見てくれているのを知っているので、娘さんもどこか安心しているのでしょうね。
      買い物達成したなんてすごい!えらいなあ。そうやって買い物もだんだん覚えていくのですよね。
      うちの娘も今夏のはじめてのおつかいを観てから影響されて、ひとりでスーパー行きたいから買うものあったら教えて!とかなってしまい、私はおお!っと思いました。3度くらい極近いスーパーへひとりで行ったでしょうか、それきり、、今はブームが去ってしまいました。娘さんの今のブームがずっとかはわからないけど、小学に入ったら、ママを助けてくれる頼もしいお姉さんになりそうですね。
      あと怪我も学習、うんうん、擦り傷の痛みも捻挫も経験して初めてわかる気持ちがありますよね。生まれてから死ぬまで小さな怪我も一度もないなんてことはほとんど奇跡に近いと思います。親がいつも付き添ってどんな怪我からも毎回守るなんてことは難しいと思います。怪我も学習、本当にそうだと思います。
      毎日アクシデントは色々あるけれど、ホッとできる時間を大切に一緒に頑張っていきましょうね。
      コメントありがとうございます!

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