1609cuteheader2

魂の格、死んでも不自由、問題提起【私的哲学】

自由であれよ。

一生懸命生きて、人のために頑張って、お金がない人はたくさんいる。

そのお金がない人の魂の格は誰が決めている。

その人はあなたを知っているか。

有名な人だから格が高いのか。お金をたくさん積めば格が買えるのか。

その人はあなたの何を見て祈ってる。

死んでからも自由じゃない。

生きている者を死者と縛り付け、できなければ罰当たりか。

生きている者が死んだ者のために生きることは幸せと言えるか。

自分が死ぬ時、

それは今かもしれないし、明日かもしれないし、ずっと先かもしれない。

だけど、その時、

私は生きている娘の負担になりたくない。

自由でありたい。

娘も自由であって欲しい。

決して死んだ者のために自分の生きる道に制限をつけて欲しくない。

愛しているから、生きている娘に幸せであって欲しい。

死んでからも束縛する気はない。

ただ、自由でありたい。

その格は誰が決めた。

その決まりは誰が決めた。

魂まで型にはめて、死んでからもがんじがらめか。

生きるこれからの人が減り、悩む姿が見える。

死んだ者のために生きるな。

自分が死ぬ時、生きている人に縄をかけるな。

この世の全てから自由になることが、本当の幸せではないのか。

私は誰にも、私の格を決めて欲しくない。

生きることは不自由がある。死んでからも不自由なんてごめんだ。

格を決める人は、本当にその価値があるのか。

代々続いてきたそれを、自分のものと勘違いして傲慢になっていないか。

こうしないとこうなると、決めつけて縛り付ける。

もうそんなのはごめんだということだよ。

そちらに行きたい人は行けばいいと思う。それを幸せだと思うことは否定しない。

私は、死後というのはもっと自然で自由であっていいと思っている。

生きていく人も同じ。

生きることは輝いていること。その輝きを大切にして欲しいから。

これは問題提起の歌だ。

何も自由でなくて、まだ若くて、全てを突き放していた。
それで手に入るなら、そうすればいいと。
私はその誘いにのらないよと。

cuteshaha20181213



スポンサーリンク

コメントを残す

※誹謗中傷を含むコメントは掲載を控えさせていただきます。
サブコンテンツ