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冗談半分で聞いてくれ【私的哲学】

私が自分のホロスコープの六芒星に気がついて、サビアンからも教えてもらい、色々導かれながら自分について直観したのは、結局、宗教的なことなんだよな。
占い師が最終的な目標ではないのは、前も書いたけど。

色々私の気付きを話した時、夫が言ったのは、私は思想家には向いていると思うと、ただ、最終的にそういう行動をして危険を犯すのは家族がいるのにおかしいと。

私の思想は、流れに従わないことで、歓迎されない側からは、殺されてもおかしくないし、頭がおかしいと思われることだから。

確かに、と思ったんだ。

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でも、いつか、私があらゆることから自由になったら、協力者ができたなら、やりたいことがある。前から匂わせていたこと。

現存の宗教からの解放。死んだ後の自由だよ。

皆当たり前に死んだ後、お家の流れに従っているでしょ。それをキープしていくのは、今後子供達の世代で絶対つまずくのね。

お金がある家系はそのままでも、なんの不安もないだろうけど、そんな人ばかりでないし。

子供が減り、親の供養をする時に悩む人が出てくる。できない自分は親不孝だと思う人が。

孤独死も増えるでしょう。

お金がない人は皆、魂の価値は低いのでしょうか。

こんなところで例えに出して申し訳ないと思っているけど、スーパーボランティアの尾畑さんは僅かな年金で一生懸命人のために頑張っているけど、お金が払えないから戒名のランクが低い、魂の格が低いなんて納得いきますか?

完全におかしいと思っています。

なんで、知らない坊主に自分の戒名を払う布施の大小でランクを決められないといけないのか?と。

もうずっとずっと若い頃から、疑問で頭にきて仕方なかった。ふざけるな、この世!ってずっと思ってきた。

今よりもっと反逆的で悪かった若い頃は、大変失礼だが、チャラチャラした若い坊主と知り合いになった時、このくそ坊主が!と悪態をついたこともある。(ひどいね)

坊主には本当に幻滅させられてきた。少なくとも私はそういう坊主も知っているし、ばあちゃんが好きだった良いお坊様も知っている。

貧乏でも有名なら、高い位の戒名あげるの?
有名じゃなくても一生懸命真面目に生きた人もいるのでは?

お前は故人の何を知っているのか。

母方のばあちゃんが死んだ時もひどかった。ばあちゃんは百姓の家だよ。それなのに、○○は武士の血筋だと。偉そうに。はあ?うちは武士の家系ではないよ。

武士が外で棒を振り回して、お腹すいて帰ってきた時、何か食べるだろう、そのご飯のもとは誰が作ったと思ってるんだ。

お前が唱えるお経はおかしい。欲とプライドにまみれた泥だらけのお経だよ。

死んだばあちゃんが「ここにいるでや!」って私達に言ってたよ、お前には聞こえないだろう、どこかの武家のために祈ってるんだろう。

何が武士の血筋、家系か。戒名含め、何回忌とか、随分生きた人を縛るし。

こんなのはおかしい、おかしすぎるとずっとずっと思ってきた。

人間に生まれたら、死んでも勝手にレッテルをはられて、ランク付けまでされ、生き残りの人をお金で苦しめる。

こんなものはいらないって、ずっと思ってきたから。

他人のことは知らない。

自分もいつか同じ墓に入り、家族と同じように供養されたいと当たり前に思う人もいるだろうけど、私は違う。

仏壇の店の前をたまたま通った時、娘が言った。

「私、ママが死んだら立派な仏壇を買ってあげたい」って。

すごく嬉しかった。娘がそんな風に私を思ってくれたこと。いつか私は先に死ぬ。そのことをちゃんともう知っているんだ。

でも、娘よ、私はそんなのはいらない。そんな仏壇のお金があるのなら、自分が生きるために使って欲しいと、心から思う。

私は死んだらこの世にもう戻らない。それで不幸になるとも思わない。娘のその思ってくれる「気持ち」だけで充分だと。

死後に関わること全てにものすごくお金がかかる。そして、暗黙の了解と言わんばかりの圧力がある。

子供が一人、親が二人、その供養だけでどれだけの苦しみになろうか。きょうだいがいても争いがあるし、人の死はとても不自由だと思う。

私は、そういう今の当たり前の死後のことに対して疑問を投げ掛けたい。

娘に、私を供養しろよと強制しない死を迎えること、それが娘への思いやりだ。

私は大丈夫、心配しないで、死んだら念願の自由だと。
娘も自分のために生きろよ、私のために生きるなよと。死後の私のためにいつまでもお金を使うなよ、と。

罰当たりと言われてもいいから、私はそういう現行のシステムから解放されたところに行くし、同じ志の人がいたらいいなと思ったのだ。

ホロスコープを見た時に、自分の今まで思ってきたことがそのままあらわれていて驚いたんだよな。

今はまだ、このまま自然に任せようと思っているけど、これは私の遺書みたいなもの。愛すればこそ。



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4 Responses to “冗談半分で聞いてくれ【私的哲学】”

  1. ミミ より:

    今日もなんだかんだ疲れましたね…二人ともいい子なんですが…夫がいないからその分楽だったはずなのに、なんだろう(-ω- ?)ところで墓とかうんぬんは私の祖母も生前気にしていて、よく母達に「もう墓のことは気にしてほしくないから永代供養して仕舞って欲しい」とまで言ってました。しかしそれはそれで、寺に話を聞きに行ったり、仕舞うときの作業代やお経代とか大変で、結局出来なかったみたいですが…っていうかその際のお経代もお坊さんによって違うのかな…高いお坊さんって何??キュツママさんが私にお経読んでくれるなら言い値払うけど(キュツママさんを一体どこに向かわせようとしている?笑)、親しくないお坊さんや嘘言ってるってバレてるお坊さんに高く払いたくないですよね!ちょっと共感したのでコメントしました(*゚ー^)

    • キュツ母 より:

      >ミミさん
      読んでくださってありがとうございます。
      檀家ってやめるときも大変なんですね、、こんな縛りは本当におかしいです。呪いみたいなもの。一度入ったら簡単には抜かせないぞという。残されたご家族も大変です。

      寺の人も生きるために必死なのはわかりますが、私は納得いかないです。その価値のない人も(むしろ立場を悪用し犯罪を犯す人もいる)たくさんいると思うし、縛りはあらゆる立場の人間の欲からきていると思っています。
      ことの最初はそういうことはなかった、純粋な死者への想いがあった、ご家族の悲しみを癒したい気持ちがあったのではないかと、それが時代と共に歪みが出ているのではないかと。
      永代供養という言葉自体が歪みが出たからこその言葉ではないかと思います。

      自分がここに生きているというのは先祖あってのことだけど、ほとんど脅しに近い圧力があるのが悲しいです。そんな心の狭い祖先なら、私はそこから脱落して自由の身でありたいと思っています。
      少なくとも、娘には私をしっかり供養しないと祟るよ、というようなことは絶対ないからと断言します。子供たちが自分のために、のびのび生きられる世界が理想です。

      死が悲しいなら、そこに一区切りつけるのは悪くなくて必要かもしれないけれど、それとその檀家制度とかガチガチに縛られた諸々には絶望しています。

      私がお経か、そんな風に思っていただけるなんて本当に光栄です。そういう思想の者がいるのだと、共感いただけたことが、否定しないでくださったことが嬉しいです。
      私の未来はどうなっていくか未知ですが、ここでひとつ自分の気持ちを書けてスッキリしています。
      コメントありがとうございます!

  2. mako母 より:

    全くもって同感です。
    私の実家でもちょうどそれ系の問題を抱えてます。。父の代は父以外は全て女。が、その父は既に他界。そして私の代も女しか居ない。ミミさんが仰ってるように、仕舞うにしてもそれに至る資金ぐりに悩む…かといってこのままにしておく訳にもいかない。頭痛いです(>_<)

    • キュツ母 より:

      >mako母さん
      ご返信遅くなりすみませんでした。
      やっぱりそのような苦悩が、、本当に頭が痛い問題ですね。
      なかなか解決が難しい問題です。でもこうして共感いただけてすごく嬉しい。
      コメントありがとうございます!

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