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良く食べる、良く寝る、それだけでも育てやすいに入ると思う。

偏食、夜泣き。それプラス起きている日常を考えただけで、頭痛くなるわ。

頭委託なるってバカな変換出たんだけど、頭委託できたらいいね、したくなるくらいよ。

思えば1歳から食べ物の好き嫌いが激しかった。

偏食かも?と気付いたのもこの頃です。

栄養、自分はその辺の残り物でいい、なんなら自分はゆっくりできず立ち食い。

娘の栄養のため、食べやすさのため、頑張って一生懸命作った手づかみメニュー。

それなのに、食べない。食べてくれない。

私の料理が下手なのかもしれないとも思った。だから色んなレシピを見たり、健診の際は栄養士さんに聞いたりして、頑張ってみた。時もあった。

時もあった。と書いたのは、(2歳前には)途中からもう、何をどう頑張っても、バナナや、白ご飯に塩、みたいなふざけた、料理とは言えないようなものに敵わないとわかったから。

そう、諦めた。半ば半ギレで、ちゃぶ台毎日ひっくり返す気持ちを胸の奥に持ちながら

混ざっているものは拒否。上にのっけても拒否、はっきり言えばゴミ扱い。腹立たしいわ。素うどんのほうが良く食べるなんて。

大きくなれば食べられる、そう信じながら。内心ムカつきながら。

食べられるものだけでいい、好き嫌い多くてもいい、偏った食事でもノンプロブレム!なんて親いるのか?

いないだろうと思うのよ。

かわいい我が子だから、きちんと栄養摂って欲しいのよ。どうでも良ければ何にもしないわ!

頑張った自分の料理が無下にされる。気持ちいいわけないじゃないか。笑って毎日許してあげるほど懐でかくないわ。

残した娘用の食べ物、もったいなくて捨てられなくて食べていたら、どんどん太ったわ。途中からそれがわかって、残したら食べずに捨てることもあった。

ひどい食事だった。

もう凝ったもん作らなくていいやって、諦めたら少し楽になったけど

でも虚しかったな。おもしろくはないよね。

おいしい!いや、まだオイチ!みたいな言葉の頃から、そう言ってニコニコ食べてくれるのを、どれだけ夢見てきたか

3歳半くらいから徐々に、ゆっくり、ゆっくり、色んなものが少しずつ食べられるようになったけど。

未だにあんまりがっついてご飯をたくさん食べるタイプじゃない。

初めてのものにはお菓子以外かなり警戒するのも変わらずある。野菜だって、好んで食べている感じはしない。

このブログでも書いたりしていたが、発達障害を疑った部分が食事以外もあった。最近はやはりその感覚傾向を持っている子なのだと思いながら、試行錯誤しながら4歳まできた。

発達障害の本には、やはり食べ物の好き嫌いのことが書いてあった。

娘は知能や日常や集団生活では問題が出ていないとはいえ、やはりそちらの感覚に近いと思うので、だいたいは納得できた。

1歳の頃から、そう思って育てたら、何か変わったんだろうか?

多分娘は変わらないから、私の気持ちが変わるだけで、私の育児の基本的なことは発達障害でも健常でも接し方は変わらなかったと思う。

独特の感覚が原因だということをもっと赤ちゃん時代から知ることができていたら、悩みも半分くらい諦めて過ごせたかもしれない。

本にある、私とは違う感覚を持っているんだと言うこと。無理して食べさせたり、怒ったりしないこと。食べられるものを食べていれば、いつかは好き嫌いも少なくなっていくこと。理解が必要と。

だけどさ、毎日毎日毎日食べられるものばかりじゃ、それだけじゃ、その「いつか食べられる日」はこないよね?

そんなの、少しずつ少しずつその子が食べられるようにって気持ちを込めながらチャレンジして作る人がいるんだよね。

発達障害だから食べられないから、仕方ないと諦めよう、怒らないでって、わかるけど、辛いよ。

辛いだろうから理解しろ、知っておけっていうのはわかるけど。

作ってる人が、どうせ食べないだろ?って思いながら作るわけないと思うの。どんなに99%イライラしていても、発達障害が原因って知っていたとしても、1%くらいは期待があるはずなの。その1%は99%の複雑な我慢の感情を粉々にしてキラキラ輝いて心の空に舞い上がって虹ができるほどの願いの1%なんだよ。

どこか諦めながらも、これなら食べるかしら、食べてくれるかしらって期待を持ちながら、1%の期待は持って作ってると思うの。

少なくとも私はそう。

おいしい!って食べてくれないかって思っている。

料理、レトルトなら別にいいけどね。手料理食べてもらえない虚しさって本当にダメージでかい。

育児しがら、特に育てにくい感じの子は日常だって親はストレスまみれだろう。

食べて欲しい。

発達障害の専門の先生が言う、怒るなっていう、理屈はわかる。理屈はね。

だけど、作っている人はいつも我慢しているよね。怒らないでもさ、こんなにこの子のためを思っているのに届かない。報われないことを。

だから、私も娘は食べられない、まだ無理なんだ、って思っても、理屈は頭をかすめても、虚しくて悔しくて怒ってしまうこともあるよ。

食べられるものが増えてきた今のほうが
、期待してしまう気持ちが大きいからかもしれない。

ついでに、向こうは怒られてごめんなさいと泣くけれど、泣きたいのはこっちもだよ、といつも思う。

あなたの好き嫌いが、特に嫌いが、いつかなくなるためにはママの努力が必要なの。努力しても努力しても報われなくても、泣けてきても、私がずっと諦めたままなら、あなたにその日は来ないの。

子供が偏食で、敢えて良かったことをあげるなら、食べられることは当たり前じゃなくて、作る方食べる方の努力が、長い時間かけてやっと実を結んだ結果であることを知れたことかな。

なんでこんなの書いたかって、

今日は私の作ったおかずに自分からは一切手をつけず、ご飯に粉チーズをかけたものだけ食べて、ごちそうさまと言ったので、さすがにカチンときて叱ったわけです。

家でやりたいことがあったのに、いちいち邪魔されながら、ママは頑張ってその合間に作ったんだけどな。肉じゃが。私はおいしかったのにな。

そういう残念なことがあったので、思えば一歳から私は娘の偏食と闘ってきたな、と。娘も大変だったろうけど、頑張ってきた自分を褒めたいと。

そう思って。

怒るなと言われても、怒りたい時だってあるよ。悲しくて泣けてくる時もあるよ。私の心は無限の我慢をできるわけじゃない。底無しのゴミ箱なんかない。

真面目にやればやっただけ、悲しいんだ。その気持ちも認めてやってよ。

ちなみに翌朝、残した肉じゃがを出したら、嫌がらずに全部食べてくれた。良かった。